2014年11月29日土曜日

辞書


3/11/2014

朝のカポエイラ道場にリュウ君が参加する。
彼は8歳からカポエイラを習っている。
その動作の一つ一つが美しい。
思わず見とれてしまう。

一方、私は昨日制作した餃子にやられていた。
餃子の皮が日本のそれとは物が違う。
日本の食卓に出してもきっと誰も箸をつけないであろう。
私の餃子歴に泥が塗られた。

リュウ君にギターを教える。
流石は18歳、成長が半端ではない。
彼はきっと望んだ彼になれる。
実に勉強熱心な好青年である。
私とトオルさんが間違った辞書の使い方をしている間も彼はずっと語学を勉強している。
辞書を何処でも良いので開く。
そのページの中から1番卑猥な言葉を探し出す。
よもや我々にはポルトガル語は見えていない。
我々は只の阿呆である。

ある日、私はもう一つ間違った辞書の使い方を発明してしまった。
しかしこの使い方は大変危険なので割愛する。
永遠と辞書で遊んでしまうので、私とトオルさんは今この遊びを禁止している。

夜はナオヤさんとシバさんが訪問して来て永遠と皆で演奏する。
私は呑みすぎたのかなんの事やら何も覚えていない。
無意識の演奏家である。

2014年11月5日水曜日

Rotina

28/10/2014

すっかりカポエイラに通う毎日になってしまった。
カポエイラは月、水、金、の朝晩練習を行う。
火、木は学校へ自転車で向かう。
昼間は様々な楽器を宿で練習する。
夜は皆で眠るまで語らう。
ペロウリーニョでのルーティンが出来てきた。
しかし今日は火曜日で、学校に行くはずの日なのだが何故か私はビーチでビールを呑んでいた。

先日、宿に新たに二名の客が到着した。
関西人のサンバダンサー、マユミさんと若干18歳のカポエリスタ、リュウ君である。
彼らがタカマル君とビーチに行くと言うので、
まず私はビーチと学校を天秤にかけたのだ。
結果は一目瞭然である。


30/10/2014

久しぶりに学校へ顔を出す。
留学の斡旋会社が全然返事をよこさないので私は学校を辞めれていない。
皆からずっと街で呑み歩いていたのか、と質問攻めされる。
私は語学学校ですらアル中のような扱いを受けている。
こいつらを笑わせる事は容易なので私はアル中のフリをしてやっている。
アル中のフリをする為に毎日呑んでいるようなものだ。
学校に行く日が減ったので私の呪いの儀式も減って一石二鳥である。

授業が久しぶりなのでベラがいつもより優しい。
きっと金がらみであろう。

モーガンと話すと今週でニューヨークに帰るのだと言う。
おそらくこれが最後であろう、彼女と抱擁を交わす。
私は彼女の透き通った瞳と笑顔を忘れない。


明日にはマユミさんはリオに行ってしまうので夜にさよならの会を行う。
ここぞとばかりに関西いじりを行う。
少し弄りすぎたので風船とロウソクと花火を買ってやった。
許して頂きたい。
タカマル君はこの日辺りからタカマールへと変貌を遂げた。
ネイマールみたいな感じである。

ここには多くの出会いと別れがある。
私は寂しくはない。
彼らと出会った事で私の中の何かが少しずつ変わっていっているであろう。
私は創られていく。
学校へ通わない私は創られたのであって私の意思ではない。


2014年10月30日木曜日

アンゴラ

22/10/2014

昨晩ナオヤさんが宿へビールを持って参上した。
彼は不思議な力を持っている。
サルヴァドールにはカポエイラという文化がある。
知識は持ってはいたが、私は特段興味は持っていなかった。
彼と酒を呑み交わしているといつの間にか今日、道場に足を運んでいた。
本来ならば学校にいるはずの時間、私はカポエイラを学んでいた。


神聖である。
何かが私に憑依した。
沢山汗を流し、授業が終わると私の中の何かが変わっていた。
日々何かを掴み摂ろうと決意する。

言葉を学ぶより多くをここで学べる気がした。
私は正午には語学学校を辞める手続きをしていた。
私は考えない。
お金は大事であるがもっと大事な事がある。
私は多くを感じる為にここまでやって来た。
ここに来た事は決して間違いではなかった。

カポエイラに私は何かを求める。

求めよさらば与えられん。


翌日、私は求めた結果、身動きがとれない程の筋肉痛を与えられた。

2014年10月27日月曜日

自転車

20/10/2014

宿には自転車がある。
トオルさんが学校に行くなら乗って行け、と私は親切を授かる。



ペロウリーニョの広場を抜け、市街を抜け、海岸の方の学校まで自転車を漕ぐ。
自動車が危険な運転なので細心の注意を払って走っていく。
危険ではあるが海岸沿いの下り坂などは実に快適である。
いつのまにか私のスケボー映画は終演していたようだ。

学校に辿り着くと生徒が私とブレットしかいない。
この学校には不良しかいないのか。
二人しかいないのでベラからゆっくり授業してもらう。
ベラはクラスの担任になってから私に優しい。
英語で質問できないだろうからここは後でしっかり教える、と言ってくれる。
実に気持ち悪い。
奴は狡猾であるからして、三色鉛筆に次ぐ何かを狙っているのであろう。

ブレットとはすっかり仲良くなった。
彼とはぎこちないポル語でのしか会話していないが、何か通じるものがあるのだろう。
彼と自分の所持している音楽の交換をする。
彼もまたジャンルを問わず、音楽や文化を愛する人なのである。
自転車の後部ブレーキが壊れていたのを彼が直してくれた。
持つべきものは友である。


帰宅して宿の本棚を眺めていると何かを感じる本がある。
タイトルは「セーラー服心中」。
私はこの少女漫画を読書することを決意した。


先程からお腹が痛い。
これは奇跡の漫画である。
皆もまた機会があればこの伝説の一冊を読んでみて頂きたい。
Amazonで1円で売っているので。

トオルさんにこの本について知っているか、と尋ねたところ、
読んでいない、と言うので搔い摘んで見せて話すと二人でツボに入る。
彼と居ると笑いが尽きない。
眠るまでこの本について語らう。



2014年10月25日土曜日

新生活

18/10/2014

ペロウリーニョ。
私の望んだ街。
危険を恐れている私には少し過激なのかもしれない。

しかし管理人のトオルさんが宿の事から街の事から色々教えてくれる。
宿には先日から宿泊しているタカマルさんがいた。

タカマルさんは世界中を旅している。
何処かその風貌は神秘的なものを感じる。
普通のバックパッカーには見えない。
彼は様々なパーカッションを自在に演奏する。
これから沢山の行動を彼と共にするのだが彼も何時しか旅立つ日が来るであろう。
彼の旅はまだ終わっていないのだ。

トオルさんはベレンにずっと住んでいて、
先日サルヴァドールに来て宿の管理人を任命されたらしい。
ブラジルの多くの事を教えてくれる。
そして私と笑いの感性が似ている。
いつも夜まで阿呆のような話ばかりしている。
稀に奇跡のような笑いが起こる。
彼の黒水晶のような、透き通っているのに黒くて透き通らない眼が好きだ。


宿はキッチンが自由に使えるので渡伯以来初めて料理をする。
食材は安い。ピンガも安い。
タカマルさんが2レアルで買える便利な野菜缶を教えてくれた。

彼がタブラを教えてくれる。
タブラには出す音に名前が付いていて、フレーズを名前で覚える。
繊細な楽器だ。Naの音が出ないのでしばらく練習する。

宿には沢山の楽器がある。
夜の10時くらいまで音が出せる。
私は学校に行かなくなるのではないかと戦慄する。

昼はタカマルさんと楽器の演奏、
夜はトオルさんと3人で呑みながら色々な話をする。
ペロウリーニョに来てからは、これが今のルーティンになっている。
楽しいかな、学校での出来事なぞ何も覚えていない。


2014年10月24日金曜日

別れ

17/10/2014

今日でMarleneさんとTakeyaさんとの別れを迎える。
お手伝いの方と涙をこらえながら共に写真を撮る。
彼女は私の服にいつもアイロンをかけてくれていた。
私が寝坊した際には朝食代わりにビスケットを持たせてくれた。
そしていつも私が帰宅した暁には部屋を綺麗に掃除してくれていた。
私は彼女にとても感謝している。

三時には出発しないといけない。
Takeyaさんは最初、私が全然ポルトガル語を話せず、聴き取れずの時に慣れない日本語を一生懸命使ってくれた。
私を色んな所へ連れて行ってくれた。
ビーチ、祭り、ショッピングモール、選挙、そしてペロウリーニョ。
彼の優しい笑顔を私は忘れない。

Marleneさんは毎日私に美味しい料理を作ってくれた。
学校の課題も手伝ってもらった。
晩ご飯の時には色々なポルトガル語を解りやすく教えてくれた。
私がたくさんポルトガル語を話すと、とても喜んでくれた。

ブラジルに来て、最初にこの家庭に来れて本当に良かったと思っている。

私はこの胸の中の気持ちを彼らに伝えなければならない。
懸命に辞書、教科書、習った文法を駆使してポルトガル語で文に起こす。
私は三行の文を暗記した。
感謝の言葉を話して伝えたかったのだ。

Takeyaさんがタクシーを呼んでくれる。
別れの時が来た。
Takeyaさん、Marleneさんと写真を撮る。
すでに涙が溢れそうである。
涙を堪えて共に写真を撮る。
タクシーが到着した、とMarleneさんの携帯に連絡が入る。
Takeyaさん達は素早く玄関を開けに行ってはエレベーターを呼ぶ。
今こそ感謝の心をポルトガル語に乗せるのだ。
拙い言葉で彼らに伝えた。
彼らは「ありがとう」と言った。


タクシーに初めて乗る。
ブラジルのタクシーは街中で爆音の音楽を流しながら走っている。
だがこの黒人はボサノヴァ等を小音量で流しながら指でリズムをとっている。
スピードも全然出さないし、一言も話しかけてこない。
このようなタイプのブラジル人は初めてである。

なお宿に到着する。
ここから私の壮絶なペロウリーニョ生活は始まる。


2014年10月20日月曜日

不完全

14/10/2014

今週になってコリンを見かけていない。
もうサルヴァドールを去ってしまったのであろうか。
私は彼に惚れていたので誠にサウダージを感じる。

昨日書き忘れたのだが、初めて日本人の生徒と出会う。
やはり日本人は紳士である。
彼の名は竹井さんだ。
仕事でこちらに来ているようだ。
彼は学校には週2回しか通っていないし、彼の授業は午後からなので中々会う事はない。
日本語を学校で話すのが何とも不思議な感覚であった。
彼もまたペロウリーニョに住んでいるらしいので呑みに行く約束を交わす。

ペロウリーニョに引っ越すと登校時間が長くなる。
自転車を買おうかとしたが、すぐに盗まれそうである。
私はスケートボードを登校手段に使うことを思いついた。
異国の地でスケートドードを漕いで学校に通う。
まるで映画のようだ。
私はこう見えてもその昔、スケートボードを嗜んでいたのだ。

ベラにスケートボードは何処に売っているのか尋ねる。
こいつは地元民のくせに何も知らない。
彼女には映画に登場する才能がないようだ。
ブレットがその昔スケートボードを嗜んでいたようで、その店舗を教えてもらう。
やはり持つべきものは友である。
後日買いに繰り出そう。

補講。
不完全過去と完全過去の使い分けの練習を行う。
不完全過去は線、完全過去は点、という解釈で理解を深める。
しかし使い分けるのが私にとってはまだ難しいので勉学に励む必要がある。
これは日本語もまた誠にむつかしいと思う。
ベラもまた上手く説明するのが難しそうである。

帰路。
買い物もすっかり慣れてきた。
というか酒と煙草しか買っていないからであろう。

帰宅。
Marleneさんがラザニアを作ってくれる。美味。
後数日でTakeyaさん達と別れる事を思うと涙が出そうになる。

涙を堪えては眠りに落ちる。

2014年10月15日水曜日

開始

12/10/2014

一日中、酒を呑んではダラダラ過ごす。
日本にいる時と何ら変わりない。

13/10/2014

白スイスは何をそんなに調子に乗っているのか、
今日はレンソインスまで旅行に出掛けていて授業に来ない。
クレイジー竹城は私が名前を覚えていなかった事にそんなに腹を立てたのか、
今日よりベラが我がクラスの授業を行う。
本日よりメリヒというイスタンブール人が授業に参加する。
メリヒとヴァネッサとブレットと白スイス抜きで会話を楽しむ。

今日はなんだか異人どもの言葉がよく理解る。
私に何が起こったのであろうか。
昨日の大量の酒がそうさせているのか。

モーガンと話す。
彼女はいつも私に元気をくれる。
私の格好がニューヨーカーのようで好きだと言ってくれる。
私のレンズのない眼鏡とタイの帽子がお気に入りらしい。
彼女の持つ明るさにいつも感謝する。

ヴァネッサに昼食を誘われる。
すまんな、ヴァネッサ。
貴様の電柱のごとき足を眺め、ランチをしている場合ではないのだ。
私はこの国に勉学をしに来たのだ。
誠にストイックな私は彼女の誘いを断った。
というか私はベラとの補講授業があったのだ。
誠に残念である。

補講授業。
ベラに感情の単語を色々学ぶ。
微妙な感情はむつかしいものではあるが、だからこそ面白い。
私はこの言葉にはこの由来があるのではないか、と予測するのが好きだ。
ベラは私が少し話せるようになったので教えるストレスが減っているようだ。
ポルトガル語を習得した暁には、こいつに言葉の神髄というものを教えてやりたい。

帰宅。
サルヴァドールは暑いが乾燥している。
ギターの音がよく響く。
心地よい音が私に沢山の演奏の時間をもたらす。

私はピンガというお酒を知ってしまった。
どうも相性が良いようで眠るまで永遠と彼女と過ごす。
彼女は私を良い夢に導いてくれる。
勉学を誘わずに。

2014年10月13日月曜日

日本人

11/10/2014

今日は初めて一人でバスに乗る。
ペロウリーニョへ行くのだ。

やはりこの街が好きだ。
毎日この街を眺めて歩いていたい。





迷う事なくすぐたどり着く。
地図が見れる人間で良かった。
ピザ屋等でアルバイトしていた事に感謝する。
なお宿へ無事に着く。
来週からこの宿にお世話になるのだ。

渡伯以来、初めて日本人と話す。
宿主のナオヤさんはまるでブラジルの原住民のように格好良い。
奥方のシオリさんは先日産まれた赤子をあやしている。
トオルさんは関西弁でリズムを取っては次々と肉を焼いてくれる。
アキさんは今日が誕生日で、一年間南米を渡り歩いているらしい。
シバさんは私と同じ福岡出身でその巧みな踊りで赤子を泣き止ませる。
福岡が誇る「天邪鬼」という暴走族の名を
こんな異国の地で聞く事になるとは思わなかった。



ポルトガル語も面白いが、やはり日本語は更に面白い。
シバさんからは「基本的に軟骨」
アキさんからは「キリスト的なパターン」
という面白いフレーズを授かる。
遠い国、ブラジルまで来た人たちの感性は面白い。

私は猫を愛す。
なお宿にも愛しの猫殿が居たので運命を感じる。
シロちゃん。



ピンガに唐辛子を入れると美味しいという事を教えて頂く。


帰り道、歩いて帰ろうと試みる。
土曜日の賑やかな街が好きだ。
ペロウリーニョに住むと学校までの距離が伸びるが
この距離であれば毎日歩いて登校出来るということを確信する。
しかしTakeyaさんとMarlenさんとの暮らしも
あと一週間と考えるとサウダージを感じる。

昼間のビール、赤ワイン、ピンガ、帰り道のビール、ウィスキが私を眠りに導く。
楽しい一日であった。

2014年10月11日土曜日

無限

10/10/2014

朝だ。
おかしい、いつもと何かが違う。
外がやたらと明るい。
時計を見ると日常とは違う数字を指していた。
遅刻である。

プラジルという国は時間にルーズである。
授業も誰が遅刻しても正々堂々と、すいませんの一言もなく入って来る。
教師もそれを一切指摘しないし、その教師ですら平気で遅刻する。
なめられてはいけない。
私も飄々といつも通り扉を開け「やあ、みなさん」という感じで席に座るのだ。
扉を開けた瞬間
「ホントすいません、時差ボケが大変ヒドくて全然眠れなくてですね、」
と全力の嘘で謝罪会見して席についた。

あき竹城は元気に復帰していた。
授業の途中で言語というものの奥深さの話になり、
ブラジル人である彼女もまた未だポルトガル語を学習していると言う。
言語の学習に終わりはないと言う。
昨日、20年近く米国に住んでいる姉も同じ事を言っていた。

最近よく会話、言葉、文字の持つ可能性というものを
考えていた私の魂は奮えた。

感涙を受けた私は授業後、あき竹城に積極的に質問をする。
黒板に書いてあった言葉で辞書に載っていない単語がある。
「先生、Cleide(クレイヂ)という単語が辞書にも載ってません。どういう意味ですか」
と質問すると
「そりゃあたしの名前だよ」
と呆れ顔で叱咤激励された。
恐怖を感じたので彼女をクレイジー竹城と改名する事にした。


今日は日本でいう「こどもの日」らしい。
正確には2日後の日曜日なのだが
それにちなんで違うクラスの生徒も交えてレクリエーションをお昼に行う。

ゲームに勝利すると菓子をもらえる。
私は棒の付いたキャンディが大変好きなのだ。
これを頂いて歓喜する自分を可愛らしく感じる。


ベラが今日は補講なしでも良いか、と尋ねて来る。
特に支障もないので、彼女にとっては良い返事をしたが何であろうか。
デートであろうか、いやあんな女に男性が寄り付くはずがない。
いや、私の呪いが早くにも届いて
大層離れ目の男性が言いよってきたのかもしれない。
もしくは思いっきりしゃくれた男性に言いよられて良い気になっているのかもしれない。

帰宅してはギターとポルトガル語の勉強をして眠りにつく。

秘伝

9/10/2014

今日は、あき竹城が病気で休む。
以前に一回だけ授業をしてくれた先生が代わりに授業を行う。
名前はわからない。吐き出す言葉が速過ぎて聴きとれなかった。
褐色の彼女は典型的なブラジル人で底抜けに明るい。いつも笑っている。
タイプ的にはモーガンと同じだ。
赤スイスやベラのような邪気を帯びていない。
あき竹城の授業より大変心地良い。

異国の人たちが集まった時、共通言語(皆が理解出来る言語)で話すことが礼儀らしい。
33時間の渡航中に飛行機で観たスペイン映画で言っていた。
ブレットは礼儀ある人間で、私に一生懸命英語を使おうとせずに話してくれる。
モーガンもポルトガル語が達者なのに私に分かる速度で話してくれる。
二人に感謝する。

それなのに赤スイスときたら常に英語を使おうとする。
赤スイスは礼儀がなっておらぬ。
ブレットも学校ではなるべく英語を使いたくないらしい。
しかし授業中に私が小難しい言葉を辞書を懸命に引いていると
赤スイスがiPhoneで日本語にして教えてくれた。
赤スイスを白スイスに戻してやろうと思う。

帰り道、本屋に行こうと思い[Livros]と看板が掛かっている店に入る。
がしかし、そこは店内で本が読めるというだけで本屋ではなかった。
せっかくなのでビーチを眺めて帰る。



今日はお気に入りのビールを見つける。
私は買い物という行為の中でジャケ買いしかしない。


気持ちよく飲んでいるところを蜂さんに奪い取られる。



帰って語学の勉強をしていると姉から連絡。
彼女は高校を出てすぐにブレット達の母国、米国に渡り
現地の方と結婚して子供を授かり、永住している。
私が日本にいる時と違って時差が少ないので最近よく連絡がある。

姉に語学学習の秘訣を授かる。
彼女は英語を英語で理解する事が大事だと言った。
正直、この言葉には痺れた。
私は即座に語学学校が母国語で授業を行う意味を理解した。
私はポルトガル語をポルトガル語で理解するために
猛烈に基礎単語を体に叩き込みたくなった。

夜はMarleneさんがフェイジャオンを作ってくれる。
本当に毎日美味しくて感謝する。



叩き付けた単語と満腹感が私を眠りに導く。

2014年10月9日木曜日

8/10/2014

今日も授業中である。
段々と授業も難しさを増してきた。
難解なニュアンスをあき竹城が異国の言葉を使って
もの凄い速度で説明する。

理解に苦しんでいると隣の席のスイス柱が急に梨一個をまるごと食べだした。
梨をシャリシャリと食いながらうんうん、という感じで授業を聴いている。
食べ終わった梨を教室の外まで捨てに行った。
教師も生徒も何一つ表情を変えない。
私は文化の違いというものに驚愕した。

今日は違うクラスのモーガンというアメリカン黒人女性に話しかけられた。
彼女はとても良い笑顔をしている。
私が英語を話せなくても何一つ嫌な顔をしない。
イザベラや赤スイスに比べて何も邪気を持っていない。
ブラジルに来て初日の祭りでも大変感じた事なのだが
今、私は黒人の魂についてとても興味を持っている。


補講。
イザベラは私の苦手なリスニングの授業を始める。
「このリスニングはめっちゃ速いで。あんたにはちょっとむつかしいかもな」
と嬉しそうにCDを流すがラジカセが途中で壊れてしまって中断。
私の呪いはラジカセに届いてしまったようだ。

私は肝心な事を思い出した。
イザベラに字名(あざな)を与えていなかった。
しかし補講が進んでいく中、偶然にも名前の話題になる。
私は「シン」と皆から呼ばれているが字名を彼女に聞いてみた。
彼女は親しい友達からベラと呼ばれているらしい。
まさに妖怪人間である。
私が名付けるまでもなく、すでに天からその名を与えられていた。

今日は大変閃きの多い日であった。
発明もたくさんした。
なんやかんやで眠りについた。

2014年10月8日水曜日

学習

7/10/2014

赤スイスはヴァネッサ(スイス柱)の事が気に入ったらしい。
こいつは彼女が来てから急にみんなに優しくなった。
私がスイス柱のとなりの席なので羨ましそうに見ている。

今日は家族の単語(母、父、従兄弟、妻、夫など様々)を習ったのだが、
恋人はいるのか、という質問に
「うーん、仲の良い子はいるけどー、、、」
という曖昧な返事をしやがった。
赤スイスの恋人は違うクラスなのでこの発言を聞く事はない。

授業が終わり、赤スイスがヴァネッサ(スイス柱)に話しかけていたところ、
恋人かと思われる生徒に思いっきり抱きつかれて接吻されていたので
彼はとても困っていた。
私は他人の不幸をとても幸せに感じていた。

イザベラは私から三色鉛筆を強奪したのがそんなに嬉しいのか、
今日もわかりやすく教えてくれる。
Preposição(日本語でいうところの後置詞にあたる)の難解なところが
かなり理解できた。
動詞の変化形の練習サイトも教えてくれた。
今日のところは呪わないでやろうと思う。


最近はギターを弾いてばかりなので今日はおとなしく家で言語学習する。
覚える事はたくさんある。ボキャブラリを増やしたい。
ポルトガル語を読むことはだいぶ慣れてきたのだが
言葉を聴くとなるとその速度に頭が全く追いつかない。
解決策を思いついたので後は練習するしかない。
練習スケジュールを組む。

スケジュールを組んで満足したのでスケジュールはこなさずに眠りにつく。

2014年10月7日火曜日

バカリャウ

6/10/2014

朝早々、ブレットから彼のの奥方が作ったというお菓子をいただく。
大変美味であった。

私の通う学校では毎週生徒が去っては新しい学生が入って来る。
にせドイツは去っていったようだ。
彼の甘い発音がもう聴けないのがいささか寂しい。

神は存在する。
代わりにヴァネッサという、スイス人が入校してきた。
彼女はスイスとイタリアのハーフで女優のような顔と声をしている。
私はにせドイツの事などもうどうでもよくなっていた。

神は彼女に二物を与えなかった。
よく観察していると、足が電柱のように太い。
私は彼女にスイス柱(スイスばしら)という名を与えた。

一方、白スイスは週末に海に出かけたらしい。
日差しを沢山浴びたようで、赤スイスへと変貌を遂げている。
彼が白スイスに戻る時間を計ってみようと思う。

昼休み。
赤スイスが人前で他のクラスメイトと思いっきり接吻しているのを見て
笑いが止まらなくなる。
外国人の感覚というものを実感する。


補講。
なんだか今日はイザベラが大変優しい。
これまでになく解りやすく教えてくれる。
その理由は後に知らされた。
金曜日にこいつは私の文房具を見ては
「シン、この筆箱かわいいー、あ、この鉛筆めっちゃ好きやわー」
と言っていた。
この女は狡猾に息を潜めて私のこの三色鉛筆を狙っていたのだ。



結局、三色鉛筆を略奪される。
私はこの女が思いっきり離れ目になって生まれ変わるように呪いをかけてやった。


帰り道に新聞を買って読む。読むと言うよりは眺める。
ほとんどが昨日の選挙の内容であった。
写真があったので載せておく。足下に見えるのが全て選挙用紙である。


日本人がもの凄く尊敬される意味が分かる。

帰って名曲の種を二つ創る。
何故かブラジルという土地では大変創作が捗る。
他にやる事がないからであろう。

夜はMarleneさんがバカリャウというポルトガル料理を作ってくれる。
大変美味である。
時差ボケなので写真は撮り忘れた。

私はもう一度イザベラに呪いをかけて眠りについた。

2014年10月6日月曜日

ボケ

5/10/2014

土曜日。
疲れが貯まっていたのか、この日は死んだように眠る。
時折雨も降りやがるので酒を飲んでダラダラ過ごす。
日本の笑いが恋しくなりYoutubeで天竺鼠を永遠と観る。
おそらくブラジル人には理解されないであろう。

人は時として休息が必要なのである。

というか未だに時差ボケが治らない。
全てがボケている。
最近視覚までボケている。
というか日付と曜日がズレている事に今更気付く。

5/10/2014

日曜。今日は選挙が行われておる。
Takayaさんに選挙に連れて行ってもらう。

選挙の投票用紙が街中に捨てられている。
日本人には考えられない感覚であろう。
しかし私は美しいと感じる。
写真は時差ボケしているので撮り忘れた。

選挙会場の学校でフィールドレコーディング。
反響音がよくなかなか好いものが録れる。


Takeyaさんはいつも綺麗な海を見せてくれる。


アカラジェを買ってもらって御馳走になる。



帰ってHTMLを書く。
久しぶりだったのでいささかタグや属性を忘れている。
自分で書いたスクリプト等、思い出すのに時間を要す。
通信回線が遅いので音楽ファイルの読み込み等が上手くいかない。
仮設してみるが今度はダウンロードが上手くいかない。
ここにあるので不具合の報告をして頂きたい。
http://www.kkfactory.net/chimuni/hie.html

ページを色々改装している内にいつの間にか眠りに落ちる。




2014年10月5日日曜日

くそ

4/10/2014

今日も昼休みがやって来る。
俳優のような顔をしたコリンと親友のブレットが爽やかな会話をしている。
絵になっている。
心地よく二人の会話を聞いている。
よく観るとコリンの鼻の出口付近に鼻クソがそよいでいる。
もの凄い格好良い人に鼻クソがそよぐ。
笑いや美というものは対比が重要な役割を占める。
私は笑いと美について理解を深めた。


帰り道、美術館に行ってみようと計画する。
がしかし今やっている展に興味を引かれないので広場でビールを飲む。



新聞を買っては広場で読む。
私は異国の新聞が好きである。
いかにも私は在住しています感をアピールする事には成功したかと思われる。

美術館に行かなかった分、色々壁画を撮る。





サルヴァドールという街は糞が大量に落ちている。
地面を観ていなければすぐに糞を踏む事になる。
これからサルヴァドールに行かれる方には警告しておきたい

ブラジルという国ではトイレットペーパーを流してはいけない。
私はMarleneさんの家に滞在している。
今日初めてお尻用のシャワーが存在している事に気付く。



これまでに私は糞の付いた紙をトイレのゴミ箱に捨てていたのだ。
正に人間失格である。

後悔の念が私を眠りに導く。
今日という日から人間らしくシャワーでお尻を拭う決意を抱いて。


2014年10月4日土曜日

筆記体

3/10/2014

ポルトガル語がよく明確に聴こえる日と聴こえない日がある。
おおよそ交互にその日は訪れる。
この日は聴こえなかった。
太古に日本人が「日がおとずれる」という言葉を編み出した理由ではないかと考察する。


道に関するポルトガル語を学ぶ。
こういうものは私は大変楽しむ事が出来る。



授業は凄まじき速度で行われる。
英数字に書き慣れていない私は追いつくのに精一杯である。
私は今日から筆記体を取得する事にした。

筆記体を書くことに大変趣をもった。
痕というものを私は好む。
創作なども作品よりもその痕の方が美しい。
筆記体は痕である。
普段、面倒に感じるメモが異様に喜びを持ち、永遠と書き続ける。




元来、筆記体というものは速く書くために産まれた手法であろう。
私はまだ慣れていないので普通の英数字を書くより遅い。
そして自分で何を書いているのかよく読み取れない。
私はよくメモをとるが後から読み返すと何のことやら全くわからない。

書き疲れ、読み疲れては眠りにつく。

2014年10月3日金曜日

文才

2/10/2014

ブレットは今日も家庭や音楽の楽しい話を提供してくれる。
コリンは今日も立ち振る舞いが格好よろしい。
白スイスは今日も日差しの強い国で全く日焼けする様を見せない。
にせドイツは今日も顔を見せない。
あき竹城は今日もノーブラで授業している。
イザベラは今日もあくびばっかりしている。

たまには学校の写真も載せておこう。




家に帰ると留学の斡旋会社からメールが届いている。
何やらステイ先の食事の感想を聞かせて欲しいとの事。
返信すると、

「日永田様の文章、
 リアルな感じが伝わって、読む人の興味が引き立てられるのですが、
 もし可能であれば、
 HPの学校紹介ページのお客様の声の中に、
 文章の一部を使わせていただきたいのですが、いかがでしょうか?
 日永田様の学校はまだ参加者の声が載っておりませんので、
 もしよかったら、是非多くのHPをご覧になる生徒さんに
 紹介させていただければと思います。」

との事。
文才ぶりを発揮する。正に何をやらせても天才である。
誰か私に執筆の仕事を与えて頂きたい。
人間とは褒められた時、
いささか自分にだけ言われているような錯覚を引き起こすものだ。


家に帰るとベッドのシーツが変えてあった。
激しいシーツである。



Takeya,Marleneさんの家は大変居心地が好い。
来月にはお別れを迎えるのが名残惜しい。



夜、日本の方とメールのやりとり。
やはり日本語の奥深さは大変面白い。はしゃぐ。
ポルトガル語でも奥深く遊べるようになるとよろしい。

酔いによっていつの間にか眠りにつく。
記憶はないが、いつの間にか宿題だけは終えてあった。




2014年10月2日木曜日

こりん

1/10/2014

昼休み。
違うクラスのもの凄い格好の好い、モデルのような男性生徒に話しかけられる。
彼はコリンという。何処の国の人なのかまだ知らない。
私は人の顔は一度見ると忘れないが、名前をすぐ忘れる。
こんな素敵な方の名前は忘れる訳にはいかない。
私は「ゆうこりん」と名付けて記憶の喪失を防ぐ事に成功した。

補講の授業。リスニング。
イザベラが嫌がらせのように凄まじい速度の会話をCDで流す。
所々しか聴き取れない。
イザベラはいささか嬉しそうだ。
特に大きな数字(1000以上の数字)の聞き取りに頭が追いつかない。
学校では日本人はとても賢いですよねー、と言われる。
私はとても賢いので出来ない分野の授業になると、
音楽の話などをして話を逸らすという手法を覚えた。


今日も美味しいご飯をMarleneさんが作ってくれる。



私はホームステイの申請を1ヶ月しかしていなかった。
延長の届け出を出すとMarleneさん一家は来月から旅行に行くため、
違う場所に移らざるを得なくなった。


紹介を受けて「なお宿」という日本人がやっている民宿にたどり着く。
私はわずか一週間でペロウリーニョに住みたいという夢を実現させる。
ペロウリーニョは大変綺麗な場所だが夜は大変危険らしい。
まあ住めば都、何かを得れるのであろう。

日本の知人が「たくさん寝た方がよく覚えるらしいよ」と言うので
20:00には泥酔して眠りにつく。
私は今日学習した事を何も覚えていない。

2014年10月1日水曜日

Correios

29/9/2014

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iPhone等スマートフォンでブログを見ている方が多いみたいなのですが
PC向けで書いてあるので読みにくかったらご了承下さいませ。
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また今日から学校が始まる。
白スイスに負けないよう、勉学に励む。
「私は二日酔いです」というフレーズを覚えた。

今日はドイツ人の生徒が来なかった。
彼はエコノミスタを名乗り、ドイツ人特有の甘い発音をする。
顔が胡散臭いので私は「にせドイツ」と命名している。
彼の甘いポルトガル語が好きなので、ぜひ明日は来て欲しい。


補講。
ポルトガル語は動詞の活用が特殊な単語があるので
「昨日はよく眠れましたか?」
というフレーズを例にイザベラに教わる。
昨日はよく眠れたのかイザベラに聞いてみると
なんだか最近よく眠れないらしい。
私の呪いが効いていると思われる。歓喜。


帰りに郵便局に寄る。
質素で格好よろしい。




郵便局の秤。



ブラジルのポスト。



私は郵便局を大変好む。


ビールを買って公園で飲んで帰るのが日課になってきた。
サルヴァドールは今、春。
気候が大変気持ち好い。



いつも夕方になるとMarleneさんがCaféを出してくれる。
なんだか今日は色々話せる。
ポルトガル語が少しだけ解ってきた気がする。
夜はフェジョアーダを作ってくれた。
レストランのそれより遥かに美味しい。




サルヴァドールの空気は大変気持ちよい。
ギターを弾くと正に音とは空気の振動なのだなという事を実感する。
乾いた空気はよく鳴る。
ここでしか得られない閃きを大事にしたい。

最初は恐くて買い物にも行けなかったが慣れてしまっては泥酔してしまう。
アルコホルは私を眠りに導く。そして私から単語を奪っていく。


2014年9月30日火曜日

Domingo

28/9/2014

日曜日。
サルヴァドールに来て一週間が経過。
もう一ヶ月くらい滞在している気分がする。

フィールドレコーディングをMonoチャンネルで録っていたことに気付き、
もう一度録音しに昨日の街に歩き出る。

店が一つも開いていない。
ブラジルという国は日曜日は完全にオフの国らしい。
人気のない街はどこかサウダージを感じさせる。
カエターノ・ヴェローゾDomingoという曲を作った意味が少し解った。
彼もこの街で育ったのだ。

人通りが少ないのもあって恐くなったのでサンドイッチを食べてすぐ帰路につく。
ハムとサラミの味しかしなかった。


マンションのパークスペース(寛ぐ場所)で木を眺める。
南国の木を眺めながら物思いに耽る。



南国特有の木。
この木には節がある。節が少し上を向いている。
暑い地域のため、きっとより多くの水を吸収する為に節を持ったのであろう。
生きるために生態系が変化していく。
環境は命を変化させる。
私もこの国に居れば何かが変化していくのであろう。


する事がないのでギターを弾いて酒を呑む。
酒に呑まれては眠る。
目が覚めては酒を呑む。
ギターを弾いては酒に呑まれて眠りに落ちる。
日本にいる生活と何ら変わりない。
ブラジルという大国も私を変えることは出来ない。


2014年9月29日月曜日

27/9/2014

今日は土曜日なので学校は休みである。
Takeyaさんが街を散歩しようと言うので出かける。
朝から海を眺める。



初めて行く方向。
どうやら私が今まで徘徊していたのは住宅地だったらしく、
今日初めて賑やかな街に進出したのだ。


弥栄氏が日本を発つ時にレコーダを持たしてくれたので街を録音しながら歩く。
秋葉原の電気街のような中国製品のお店で安いイヤフォンを購入。
箱から商品を出すと早くもケーブルがもげかけていた。
安いものには理由がある。

違うお店で録音データを吸い出すためにSDカードリーダを購入。
4レアル(約200円)と以上に安い。
こちらは何も問題なし。

街にはワールドカップの名残が少しあった。



海沿いの美術館に行くが改装中で中に入れなかった。
しかし館を眺めるだけでも気持ちのいい処だった。


ブランコで遊ぶ。



館を抜けると小さなファベーラが見える。



美術館を出るとサッカーボールを持った子供達に話しかけられる。
「ポルトガル語話せるの?ねえ、中国語教えてよ」
「ははは、坊や、私は日本人だよ」
「じゃあなんか日本語教えてよ」
「Oi,は日本語でこんにちは、というのだよ」
彼らはこんにーちわ、こんにーちわ、と言いながら去っていった。
少しだけではあるが普通に会話できたので感動してしまった。

と格好つけて書いたが実際には
「ポルトガル語話せるの?中国語教えてよ」
「う、うん、ち、ちょっとだけね。
 (あー中国がどうとか言ってるな)に、日本人、日本人」
「じゃあなんか日本語教えてよ」
「こここんにちわ、おい、え いぐあう」
という具合だったと思う。
ブラジルの子供たちは声がとても好い。

ブラジルでは一週間後に大統領選挙がある。
街は選挙の看板、張り紙で一杯である。
ブラジルの政治はかなり問題があるらしいのだが、
選挙で音楽を演奏したり使用する習慣は日本も見習った方が良い。
TVコマーシャルの演説も凝っている。



昼はレストランでアカラジェを食べる。
7レアルで胃にものが入らなくなる。
Takeyaさんは本当によく歩く。
今日は10kmくらいは歩いたのではないだろうか。
4件ほど郵便局に連れて行ってもらうが全部閉まっていた。
場所はわかったので月曜にもう一度行ってみようと思う。

夜はMarleneさんがラザニアを焼いてくれた。
美味。いつもありがたい。


歩き疲れたのと満腹感が私をあっという間に眠りにつかせる。
今日は満腹、満足というポルトガル語を覚えた。


2014年9月28日日曜日

手紙

26/9/2014

今日で学校に行き始めて最初の一週間が終わる。
リスニングの授業を行うが大変困難な作業である。
どうすれば聴こえるのか、音が拾えるのか試行錯誤する。
まずはボキャブラリを増やさない事には始まらない。

ブレッドとはすっかり仲良くなったが、スイス人も交えて三人で会話していたところ
このスイス野郎はポル語を放棄して英語でブレッドと話し始めた。
ブレッドが「シンが解らないからポルトガル語で話そう」と言っても
このスイス野郎は英語を止めない。
先日登校中に傘に入れてやった恩を忘れていると見える。
こいつは肌が真っ白で、それだけじゃ満足できないのか睫毛まで白い。
白スイスと命名した。

今日イザベラは食べ物の名前をたくさん教えてくれた。
彼女は補講中、常に時計を気にしている。
適当に時間を潰す術を探しているのだ。
こいつには食いもんの名前でも教えとけばええか、という魂胆であろう。
私がもっと話せるようになったら間違った日本語を教えてやろうと思う。


帰り道、ついに文房具屋を発見する。
なぜかボロボロのBINGO用紙が売っていたので購入。



帰宅後に手紙、葉書を書く。
私は手紙を書くのが好きだ。
フランスなどに宛てた手紙は届いたが、
はてブラジルという国はきっちりと届くものであろうか。



夜になるとサンバ、レゲエ、ハウスなどが窓の外から聴こえてきた。
マンションのすぐ下の道路でバイーア大学の祭りが行われている。
流石はブラジル、大変豪快な音量である。
ここは13階というのに家の中の音楽よりも祭りの音楽の方が遥かに大きい。
窓の外から大音量で聴こえるというのも風情があってよいではないか。
そう思っていたのだが夜も11時を回ったというのに一向に音は鳴り止まない。
日本だとPTA、警察、政治家が動くレベルである。
知人と電話していたのでその音量の証拠は残っている。

久しぶりに泥酔して眠りにつく。

2014年9月27日土曜日

vocabulário


25/9/2014

学校4日目。
最初は速過ぎて何を言ってるのかわからなかったが、
所々とだんだん聴き取れるようになってきた。
vocabulário(単語)が鍵を握る、と思い
暗記という行為に初めて向き合う事にした。

今日もブレッドと会話する。
聴けば彼はグラフィックデザイナーでギターが趣味なのだと言う。
音楽も彼の故郷ワシントンD.C.では偏った好みの人が多いらしいが
彼はジャンル問わずなんでも聴くのだという。
そしてブラジル音楽が好きらしい。
私の趣味など何も話していないのに私にBaden Powellが好きなんじゃないの?と的中させる。
彼が素晴らしい感性を持ってしてブラジルという国に来たのだという事を
私は最初から信じて疑わなかった。

授業中、あき竹城似の先生がノーブラだったので授業に集中出来なくなる。
性的興奮で、ではなく乳輪の大きさが面白くて仕方なかったのだ。


今日も奴がやってきた。
イザベラだ。
今日はあくびばっかりしていやがった。
悔しいが私が知らない単語をジェスチャーで教える時だけは可愛い。
今日はお互い色々質問したのだが、コイツが料理出来ない事だけはよくわかった。
寿司が好きらしい。
私が回転寿し屋でアルバイトをした事がある、と話すと
作って欲しい、というので恨みの分だけ山葵を入れてやろうと思った。


帰り道、壁の落書きを鑑賞。


夜、Takeyaさん邸にMarleneさんの友人(豪快なおばはん)が訪れる。
この人のおかげで久しぶりにお腹痛くなる程笑った。
曰く、彼女はiPhoneを水没させて電話の調子が悪いので私に看て欲しいとのこと。
iPhoneにはスワイプというが機能があるのをご存知だろうか。
普通スワイプというのは指や手首の可動範囲で行うものなのだが、
この方は腕全体でスワイプする。
スワイプ時の腕の可動範囲が1mくらいある。
ブラジルには親しい人の両頬にキスをする習慣があるのだがおもいっきり吸い付いてくる。
彼女の音をレコーディングしたのでいつか採用したいと思う。

その後日本の知人と電話をする。
久しぶりに日本語をたくさん話す。
LINEという文明に感銘を受ける。
安堵が私を眠りに導く。
久しぶりに好い夢を見た。

2014年9月26日金曜日

慣れてきた

24/9/2014

語学学校三日目。
姉から久しぶりに連絡があり色々やりとりする。
そもそも語学学校というものはその語学で授業するものなのだと教えてもらう。
私は無知だったのだ。いささか恥ずかしい。

冠詞。最初は難しかったが理解すると
なるほど、言語とは実に面白いものだなと関心する。
ポルトガル語や英語の冠詞は形がはっきりしていて解りやすいが
外国人が日本語の冠詞の概念を理解するのは困難であろう。
日本語の冠詞については色んな見解があるのでご興味を持たれた方は
色々調べてみると面白いであろう。
ともかく冠詞の概念は日本で勉強していなかったらきっと理解できなかっただろう。
と自分を褒めて英語が話せないコンプレックスを乗り切る。

昼休み。
性懲りもなく昨日のハゲが話しかけてきた。
昨日は英語だったが今日は一生懸命ポル語で話してくる。
私はポル語の方が理解できるので割とコミュニケーションできた。

授業を受けているとあき竹城似の先生が
「シン(私の字名)、あなたの眼鏡はレンズが入ってないのね。おかしくて可愛いわ」
と私を笑っていると先ほどのハゲが
「先生、彼はアーティストなんだ」と一言放った。
先ほどは音楽や芸術の話などはしていない。
日常会話しかしていないのに私の神髄を見抜くなんて、なんていい奴なんだ。
私は彼をハゲと心の中で呼んでいた事を悔いた。
彼はハゲではなく、ブレッドという高明な名を持っていた。

補講授業。
今日もまたイザベラはしんどそうに教える。
昨日の呪いが効いたのか、鼻炎で苦しんでいる模様だった。ざまあみろ。
今度は私に課題をやらせている隙に携帯ばっかりいじくってやがった。
おもいっきりしゃくれて生まれ変わるように呪ってやった。


今日はこちらに来て初めて雨が降ったので家に直帰。
Marleneさんは日本語を話せないがポル語をゆっくり話してくれて優しく私に教えてくれる。
料理も大変美味しい。未だこれは苦手だ、という料理は出ていない。
Marleneさんじゃなかったら日本食が恋しくなっていたであろう。
早く話せるようになって色々な話をしたい。



おとなしく夜までギターを弾いて2曲つくる。
異国でギターを弾くのも風情があってよろしい。
今日は銃声も聴こえないので安らかに眠りにつく。



ひとり歩き

23/9/2014

語学学校2日目。
どいつもこいつも訳のわからん言葉を話しおる。
授業は自分の知識もあってか今のところはほとんど理解できとる。
ただ細かいニュアンスが質問出来ないのが腹立たしい。
英語圏の白い阿呆どもは調子に乗ってどんどん英語で質問しとる。
どうせ阿呆な質問しとるんやろな、と思って孤高を貫く。

昼休み。
白人のハゲが英語で話しかけてきた。
うん。ようわからん。
って言ったら両肩を上げて会話になれへんってジェスチャーされた。
俺の伸ばした髪を切ってコイツの頭に切り餅で貼ってやろうかと思った。

俺は一人だけ授業のコマ数を多くとっとる。
ポルトガル語をだいぶ忘れとるっちゅう事も最初から計算済みやん。
補講で教えてくれる先生がイザベラっちゅう所謂南米美人なんやけど、
この女、全くやる気がなくて
「なんでこいつ英語喋られへんねん、言葉通じひんのに教えるのしんどいわー」
って顔でため息つきながら教えよる。
どうか来世ではあき竹城のように生まれ変わりますように、と呪ってやった。


帰り道、初めて一人で街をぶらつく。
坂の多い街だ。


ショッピングモールみたいなところに行ってみるが
日本のショッピングモール以上に何もなかったので更にぶらつく。
細い道を通るのが恐い。
私の警戒心は半端ではない。
心眼が開花しそうだ。

本当は小さなお店に入って一杯やりたいのだが
何分まだうまく話せないので勇気が出ない。
2時間程歩いて結局家の近くの小さなマーケットに行く。
しかし一人で買い物するのも初めてだ。

ウィスキとビールを手に店内をうろついてると
黒人の店員さんがカゴを持って来てくれた。
というかサルヴァドールの住人はほとんど黒人である。
煙草を2箱を追加して買うと店員さんは親指を立てて見送ってくれた。
しかも先日書いた物価とは裏腹にやけに安い。
ウィスキ(900ml)とビールと煙草2箱で1500円くらいだった。
まだレアルの価値観、物価が掴めていない。

ブラジルのLUCKY STRIKE。
裏面はグロい。



サルヴァドールには(まだそんなに探索していないが)コンビニがない。
雑誌は路上の雑誌屋、本は本屋、スーパーには食料品とわずかな生活品のみ。
日本のようにあれこれ売ってる店を見ていない。
100円ショップみたいなの造ったら流行ると思う。
文房具屋に行きたいのだが文房具屋というものが見つからない。
あきらめて帰路につく。


この日はMarleneさんがピザを焼いてくれた。
サルヴァトーレ顔負けの美味しいピザだった。



復讐心を胸に勉学に集中し、
あのハゲとイザベラを呪いながら眠りにつく。


2014年9月25日木曜日

ペロウリーニョ広場

22/9/2014

今日から私は久しぶりに無職を離れ、異国の地で学生となる。
Takeyaさんが朝、学校まで歩いて導いてくれる。

語学学校へ着くと空港に迎えに来てくれて私を誘拐しようとした黒人がいる。
彼は立派な社会人だったのだ。
散々疑って申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

彼と少し話した後、面接的なものが行われる。
語学力ごとにクラスを分けるためだ。
私は学生時代、優秀だったので自信満々で面接を受けた。

なぜか私は一番下のクラスの授業を受けていた。
面接を行った先生がポルトガル語と英語でしか私に質問しなかったのが原因と推測される。


薄々感づいていたのだがこの学校ではポルトガル語と英語で授業が行われるようだ。
しかもポルトガル語を習いに来ているのに基本的にはポルトガル語で授業は行われる。
語学学校とはそういうものなのだろうか。
学生は国籍がバラバラで、アメリカ、カナダ、スイス、ドイツ、フランス、イギリスなど。
日本語を話せる人が先生にもいない。

しかしこれは覚悟していた。
私は耳を鍛えに来たのだ。
これほど人の話す発音に耳を傾ける事は赤ん坊の時以来だろう。
これでいい。
私はとんでもなく頭が良いので解決策を知っている。


担任の先生は、あき竹城をブラジル人にしたような人で、
ポルトガル語のスピードを授業でも落とさない。
英語力もそこまでないので他の生徒が英語で複雑な質問をすると
ストレートに「何言ってるの?わけわかんないわ?」と突き返す。
これには他の生徒もいささか困っている。
私はかつて一年ほどポルトガル語を習っていたのでまだ少しだけマシだが
隣のドイツ人の方なぞは今回初めてポルトガル語を習うようなのでかなり参っていた。

一日目の授業が終わると他のクラスの生徒も集まってみんなで自己紹介をする。
名前、出身、仕事など。
私が「Eu não posso falar inglês.(私は英語が話せません)」
と流暢なポルトガル語を話すと、先生生徒全員から笑われた。
皆英語は話せるのだ。なんで英語喋れないのに来たのだという感じだった。
全員のもみあげを引っ張って一つに結んでやろうかと思った。
何かが私の中で燃え始めた。


家に戻るとTakeyaさんがペロウリーニョ広場へ行こうと言いだした。
私が一番サルヴァドールで行きたかった街。
歩いてでも行けなくはないが割と時間がかかるので初めてのバス体験。
いきなりトラブル。しかし文に起こしにくいので割愛。
バスは手すりに摑まってないとかなり危険。
スピード過剰、急ハンドル急ブレーキ当たり前。
しかしどこまで行っても3レアルと安い。

バスを降りて心が躍った。
写真で見た時から惚れ込んでいたが想像以上に素晴らしい。
そしてその区域が広い。2,3時間ほど散歩していたが全然飽きない。





しかしそのパステルカラーの家の6,7軒に1軒は警察だ。
観光地では街の警備が半端じゃないらしい。

大きな教会が10棟くらいあった。
この教会の階段には犬の糞がたくさんころがっていた。



ブロコアフロの練習を見る。
指揮者の携帯に電話がかかってきて中断。
少し萎える。



港町でもあるので高いビルから海を眺める。



たくさんのラスタマンを見た。
私はラスタではないがここに住みたい。
日本ではラスタに間違われるので住めるのではないか、などと妄想する。

暴走バスに乗って帰る。
今日もMarleneさんが美味しいブラジル料理を作ってくれる。

来て未だ2日間というのに濃い経験をさせてもらった。
またまたTakeyaさんに感謝しながら眠りに落ちる。
もしかして今日が夢ではないかと思いながら。