2015年3月18日水曜日

日本

15/3/2015

気付くと私は東京でプレッドにメールを書いていた。
ブログを書いていた事すら忘れていた。
あのサルヴァドールの日々は夢だったのであろうか。

あれは夢ではない。
私はサルヴァドールで過ごした日々を決して忘れる事はないだろう。


私はペロウリーニョに生活を移してから、ほぼブログを書かなかった。
幾人か、ブログを楽しみにして頂いていた事を耳に挟んだのでここで謝っておきたい。

私がペロウリーニョで体験したサンバやカポエイラや生活は、情報では味わえない。
言葉では表現出来ない何かがあった。
写真を撮っても動画を撮っても録音をしても、その素晴らしさが伝わるとは思わない。
もしサルヴァドールに行ってみたいと言う方がいたら私は迷わず背中を押すであろう。

サルヴァドールで言葉も解らない時、音楽というものの素晴らしさを知った。
文化というものの素晴らしさを知った。
そして言葉というものの素晴らしさを知った。
それは私がブラジルという国に身を投じなければ得れないものであった。

何処にでも人は行ける。
世界はここと繋がっていて、離れているのだ。
とても遠い処まで。
そして違う場所に行かなければ「ここ」はわからないのだ。
行きたいと思ったら行くべきだ。
そして帰って来たらいい。
帰って来なくてもいい。
あなたが行きたい、と感じている場所はその場所があなたを呼んでいるのかもしれない。
あなたは映画館のスクリーンより大きなスクリーンを持っているのだ。
私は皆に自分の投射というものを大切にして欲しい。

暇つぶしに書いていたものに付き合って頂いた方々に感謝する。
急ではあるが、一旦私のサルヴァドール記は終わりを告げる。

これを書いて三日程経つがブレッドからの返信は未だない。

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