23/3/2015
あとがき
カポエイラの話。
私とタカマールは朝9時よりカポエイラの修行を受けていた。
カポエイラの修行は厳しい。
師範代よりその教えを乞う。
その師範代、名をアラーニャといった。
彼はアフロヘアの地毛と天使のようなが特徴である。
アラーニャは言語が通じない等といったことはお構い無しである。
ポルトガル語がわからないなどといった事は彼には関係のない話で、
言語の壁を越えて彼は我々に指導を施す。
特によく言われた事はとにかく”ゆっくり”と”リラックス”という事だった。
その動作を速く行いすぎた暁にはアラーニャから蹴りをくらった。
これは今の私の音楽の練習や他の所作に著しく影響を及ぼしている。
基本的には朝の修行には私とタカマールしか出席していなかった。
ある日、アルゼンチン人の修行者が一緒になった。
彼は倒立系の技が達者で、よく逆さまになって静止しているのを見ていた。
それを見かねてか、倒立系の練習をアラーニャが教えてくれるようになった。
アラーニャは四つん這いになり、私に語りかけてくる。
アフロヘアも関係してか、トイプードルのように見える。
どうやらアラーニャを台にして前転しろと言っているらしい。
なるほど、バランスがとれて回りやすい。
タカマールもアラーニャを台に綺麗に回って行く。
アルゼンチン人の出番だ。
さぞ綺麗に回るものかと思った瞬間、彼は思い切りアラーニャの手前で前転し、
その着地点にいたアラーニャは全力で床にひれ伏した。
幸いアラーニャに怪我は無かったのだが御冠(おかんむり)である。
立てばいいものなのだがアラーニャは何故かトイプードルの姿勢でアルゼンチン人に激昂する。
その日よりアラーニャは倒立系の練習をしてくれなくなった。
アルゼンチン人の彼は倒立が上手かっただけに故意にやったものなのかどうかは未だ謎である。
2015年3月24日火曜日
2015年3月18日水曜日
日本
15/3/2015
気付くと私は東京でプレッドにメールを書いていた。
ブログを書いていた事すら忘れていた。
あのサルヴァドールの日々は夢だったのであろうか。
あれは夢ではない。
私はサルヴァドールで過ごした日々を決して忘れる事はないだろう。
私はペロウリーニョに生活を移してから、ほぼブログを書かなかった。
幾人か、ブログを楽しみにして頂いていた事を耳に挟んだのでここで謝っておきたい。
私がペロウリーニョで体験したサンバやカポエイラや生活は、情報では味わえない。
言葉では表現出来ない何かがあった。
写真を撮っても動画を撮っても録音をしても、その素晴らしさが伝わるとは思わない。
もしサルヴァドールに行ってみたいと言う方がいたら私は迷わず背中を押すであろう。
サルヴァドールで言葉も解らない時、音楽というものの素晴らしさを知った。
文化というものの素晴らしさを知った。
そして言葉というものの素晴らしさを知った。
それは私がブラジルという国に身を投じなければ得れないものであった。
何処にでも人は行ける。
世界はここと繋がっていて、離れているのだ。
とても遠い処まで。
そして違う場所に行かなければ「ここ」はわからないのだ。
行きたいと思ったら行くべきだ。
そして帰って来たらいい。
帰って来なくてもいい。
あなたが行きたい、と感じている場所はその場所があなたを呼んでいるのかもしれない。
あなたは映画館のスクリーンより大きなスクリーンを持っているのだ。
私は皆に自分の投射というものを大切にして欲しい。
暇つぶしに書いていたものに付き合って頂いた方々に感謝する。
急ではあるが、一旦私のサルヴァドール記は終わりを告げる。
これを書いて三日程経つがブレッドからの返信は未だない。
気付くと私は東京でプレッドにメールを書いていた。
ブログを書いていた事すら忘れていた。
あのサルヴァドールの日々は夢だったのであろうか。
あれは夢ではない。
私はサルヴァドールで過ごした日々を決して忘れる事はないだろう。
私はペロウリーニョに生活を移してから、ほぼブログを書かなかった。
幾人か、ブログを楽しみにして頂いていた事を耳に挟んだのでここで謝っておきたい。
私がペロウリーニョで体験したサンバやカポエイラや生活は、情報では味わえない。
言葉では表現出来ない何かがあった。
写真を撮っても動画を撮っても録音をしても、その素晴らしさが伝わるとは思わない。
もしサルヴァドールに行ってみたいと言う方がいたら私は迷わず背中を押すであろう。
サルヴァドールで言葉も解らない時、音楽というものの素晴らしさを知った。
文化というものの素晴らしさを知った。
そして言葉というものの素晴らしさを知った。
それは私がブラジルという国に身を投じなければ得れないものであった。
何処にでも人は行ける。
世界はここと繋がっていて、離れているのだ。
とても遠い処まで。
そして違う場所に行かなければ「ここ」はわからないのだ。
行きたいと思ったら行くべきだ。
そして帰って来たらいい。
帰って来なくてもいい。
あなたが行きたい、と感じている場所はその場所があなたを呼んでいるのかもしれない。
あなたは映画館のスクリーンより大きなスクリーンを持っているのだ。
私は皆に自分の投射というものを大切にして欲しい。
暇つぶしに書いていたものに付き合って頂いた方々に感謝する。
急ではあるが、一旦私のサルヴァドール記は終わりを告げる。
これを書いて三日程経つがブレッドからの返信は未だない。
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